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Monday, April 02, 2007

日米友好の贈り物・最古の桜の木を探して。

42cherryandmonument3あな美しや。ワシントンDCはタイダル・ベイスンの桜。ことしもやって来たんだなあ。桜祭りのシーズンが。

42blossomsandbluesky青い空、薄ピンク色の美しい桜。満開の木の下で、日本人なら一面にビニールシートを広げて大宴会、と行きたいところ。だが、そこはDC。アメリカの首都でそんな大宴会などしている人は誰もいない。屋台も出ないし、もともと公共の場所での飲酒は禁止なことがほとんどのこの国だからして、誰もビールの缶をプシュ、とやっている人なんていないのが、極めて残念。

42pplcherryeatsushiでも、持ってきたランチやソフトドリンクを広げている人は、いたいた。このアメリカ人たちは、ぬあんと、スシのテイクアウトを桜の下で食していた。アメリカは、今、健康ブームに乗って、スシブームともいえるが、桜の下でテイクアウトしてまで生魚とすし飯を食う白人がいるとは、もしやとも思わなかった。

42olderstcherrytreeplankさて、これなーんだ?日米友好の証として、1912年、東京市長だった尾崎行雄が、夫人と共に訪米し、3020本の桜の苗木を当時のヘレン・タフト大統領夫人に贈った。この写真は、現在残っている「最古の苗木」のうちの1本。かなり幹は老朽化が進んで朽ちかけているようにも見えるが、枝のほうは現在も立派に花を咲かせている。

42oldestcherrys>これが、最古の木がまだ現役であることの証拠写真である。「贈り物」として届けられた桜の種類はヨシノを中心にカンザン、イチヨウ、アリアケなど 十数種類にのぼった。実は日本側には、一度1909年に桜の寄贈をしようとして、失敗に終わった苦い経験がある。船で届けられた苗木2000本に無数の害虫が寄生していて、す べて焼却されてしまったのだ。この経験を教訓に、害虫のつく恐れの少ない強い苗 を現在の伊丹市にあたる村から取り寄せ、改めて送ったのが1912年。

42plaqueoldestcherryこれが「最古の桜」証拠のプラーク(記念の板)。この記念碑はひじょーに地味で、ごくたまに観光客が気がつき、写真を撮っていくが、言われなければ気がつかないほど目立たない。1935年からは、毎年開花の時期に合わせて「ワシントンDC・ナショナル・チェリーブロッサム・ フェスティバル」(=桜祭り)が開催されるようになった。1941年には、真珠湾攻撃を理由に4本の桜が切り倒される事件があった。しかし、以降、反日感情が高まった当時でさえも、大半の木は傷つけられることなく、桜の木を管理している「パークレンジャー」や、市民によって守られてきた。

1952年には、第二次世界大戦ですっかり痛んだ東京・荒川の桜を復活させるため、DC の元気な枝(接ぎ木用)が、日本に送り返されたというから驚く。さらに1965年、日本政府からさらなる3800本のヨシノ桜が贈られ、現在に至る。

ワシントンDCの桜の木の歴史物語に興味のある人は、ココをご覧あれ。(>英語だよーん)

まだ見たことのない方は、一見の価値のある、ワシントンの桜。DC訪問を企画している方は、ぜひ4月上旬、をご検討あれ。。

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