朝5時。カリフォルニアの岩山・砂漠の中に作られた、アメリカ海兵隊の訓練基地US Marine Corps Air Ground Combat Center (USMC AGCC) にやってきた。まだ陽も昇らぬ中、M16ライフルを持つ警備の兵士が立つ正門にたどり着く。と、3月のカリフォルニアに吹く季節外れの寒風をものともせず、海兵隊の迷彩服一枚に身を包んだ一等軍曹のクリス・コックスさんが、びしっと立っていた。コートも着ていないが、寒そうな表情は全くない。きょう我々の取材をアテンドしてくれる兵士だ。
「コール・ミー・ガニー。(ガニーと呼んでくれ)」一等軍曹を意味する“ガナリー・サージェント(Gunnery Sergeant)”が、広報担当兵のコックスさんの正式な肩書きだが、略して「ガニー」とは。何でも略するアメリカらしい。
基地がある街の正式な名前は、カリフォルニア州トゥエンティーナインパーム=Twentynine palmという。名前から察するに、29本のパームツリーしか目印がなかった荒野と砂漠の街。それが、いつしか開発され、街にはリゾートホテルやスパが散在している。有名リゾート地パームスプリングスからもほど近いことから、観光客の姿もある。ダウンタウンにはヒッピーの開いたビートニク・カフェもある。しかし、もちろん我々がこの街にやって来たのはリゾート目的ではなく。。
海兵隊、である。USマリーンといえば、アーミー、エアフォース、ネイビーといった軍の他の組織に比べて、より「戦闘寄り」のミッションを負う。だから、心身ともに鍛え抜かれた「選ばれし兵士」が集まる。テディは、その兵士たちの訓練を撮りに、人生で初めての砂漠に入る。名前は、モハビ砂漠という。くだんの“ガニー”ことコックス一等軍曹は、
「当モハビ砂漠ではいくつか注意事項がある。このオレンジのカードを見てくれ。」と、軍隊バラックの一つにわれわれを招き入れると、いきなりブリーフィングを始めた。
この写真のオレンジのカード、題して「砂漠で迷ったときの10のサバイバル・ルール」。
1.Hold on to a survival attitude.=サバイバルな態度を保て。
2.Stay where you are-stay calm.=慌てず同じところにとどまれ。
3.Move only when absolutely necessary only at night.=本当に必要なときだけ夜に動け。
4.conserve your sweat-not your water.=水ではなくて体液を保て。
5.protect your body=身を守れ。
6.make a fuss when you hear or see others nearby.=人を見つけたら大声で合図しろ。
7.do not eat anything.=砂漠の植物は何も食べるな。
8.keep your mouth closed.=口を閉じ余計な水分を出すな。
9.think like a searcher.=探検者のように考えろ。
10.use your head. Not your sweat. Drink the water you have.=汗ではなく頭を使え。水を飲め。
「砂漠では、こんな態度が求められるんだ。わかったな?」ブリーフィングを受けながら
「何かすごいことに巻き込まれそうになっている。。」そう感じたのは、あながち外れではなかった。
ちゅどーん。ひゅるるるるるるるるるる どぱーんっ。どーーーーん。海兵隊の戦車に向け、”テロリスト”の放つロケット弾が炸裂し、耳をつんざくような爆音と白い煙が上がり思わず身構える。でもわれわれは、イラクにいるわけではないし、このものすごい音も空砲である。
きょうここに来たのはほかでもなく、海兵隊のイラク派遣を備えた最終訓練を取材するため。多くの兵士にとっては、2回目、3回目のイラク行き。なのに、こんなに真に迫った訓練を受けているのはなぜ?
「毎回兵士は異なるミッションを負っているから、今回の任務に応じて再びロールプレイをする。常に訓練をし直すのさ。」とはコックス軍曹。
写真は、「イラク人通訳」と共に「イラクの市街地」をパトロールする海兵隊。驚いたことに、ここには契約の「俳優」がいて、海兵隊員相手に「イラク人」や「テロリスト」の役を演じるのだ。「俳優」の多くが、暑い中、砂漠で悪役を演じるというけったいな労働環境をいとわないヒスパニック系の移民である。しかし、中には数人だが本物のイラク人も混じっている、というから驚く。そうして訓練に真実味を出すらしい。
基地内は膨大な敷地面積のうち、4分の1くらいが砂漠。地の利を利用し、イラクの架空の町を作り上げて、映画さながらにコンバット訓練をしている。「町」の中では標識もアラビア語で書いてある。しかも、実際にあった襲撃に基づいて、何通りかの「テロリストの攻撃シナリオ」が用意してあるというから、さらに驚く。
「ランダムにシナリオを実行して、対応力を高める。」とのこと。
ぱぱぱぱ、ぱぱぱぱんっつ。
突然乾いた音がして、銃撃戦が始まった。向かいの建物の窓から、中東風の服を着た(もちろん衣装)テロリスト役の役者が、自動ライフル銃で先制攻撃を仕掛けて来た。迎え撃つマリーンは、4人組の見事なフォーメーションで、テロリストの居る建物に侵入する!二人が入り口の警備、1人が先発隊、もう1人が後ろを見張る。
と、入り口を守っていたマリーンが、隣の建物の陰から狙い撃ちして来たテロリストを、撃ち殺した。倒れるテロリスト。よく見ると中東系の女性。もちろん本当に撃たれている訳ではない。オレンジのベストを着た「ジャッジ」役の海兵隊員が近づき、倒れている「テロリスト」の女性の肩をぽんぽんと叩く。「はい、あなたはもう死にましたよ」という合図だ。
これが実弾を使っていたら、まさに「殺すか殺されるか」のコンバットだっただろう。でもこれは訓練だから仲間は死なない。だから「デブリーフィング」(写真)をして訓練を振り返り、上官の指導のもと「お前はあのときこうすればよかったんだ。」と反省、復習して、フォーメーションや戦闘の動きを身につける。
さあ、兵士にインタビューだ。実は、この取材はたんに砂漠でのコンバット訓練を撮りに来た訳ではなかった。
反戦活動家フェルナンドさんの息子で、戦死したヘイスースと同じように、グリーンカード・ステイタスで海兵隊に参加している兵士はいないか。そうした「現役のグリーンカード兵」に、現在の気持ちを直撃する、それが狙いだったのだ。でもマリーンの広報、ガニーことコックス一等軍曹に、そんなことを直接言えるわけもないので、こっそりとグリーンカード兵を探すことに。
まずは、デブリーフィングで目立っていた、中尉のマウロ・ムジカ・パローリさん、25歳。日に焼けた精悍な顔立ちは、俳優のポール・ウォーカーにも似ている。
「メリーランド州生まれで、両親はチリからの移民だ。イラクへは2回目の駐留で、まもなく出発するから入念に訓練をしているのさ。」
Q あなたのご両親はアメリカ国籍を取得してあなたもアメリカ人だそうですが、たくさんの外国籍の兵士が海兵隊に参加してますね?
「ああ。外国籍の兵士には、こちらがモチベーションを高められる。かれらの多くはすばらしい兵士さ。彼らはアメリカ人になりたくて、新しい国のために命も身を捧げることで、市民権を得ようとしているんだよ。国の一部になるためなら、何かを犠牲にすることが必要だと、身をもって証明している奴らさ。」
はあい?すごいこと言うなあ。イラクに行って、外国籍の兵士が命を落とすことを美化しているような、発言だ。
敷地内にはイスラム教のモスクに似せた建物も造られていて、イラクさながらに、お祈りの時間になるとサイレンが流れる。現地と似た環境に体を慣らしてほしいという配慮からだ。ところで、今回訓練を受けている兵士の多くは、高校生のときにリクルートされた精鋭で、18、19歳がほとんど。
8人以上インタビューした兵士の内のひとり、上等兵のダニエル・ゴンザレスくんも19歳。ロサンゼルス出身だが、祖父母の世代がメキシコから来た移民だ。
Qたくさんのヒスパニック系の兵士が海兵隊にいるけど?
「僕の友人が、アメリカ国籍が欲しくて申請していた。だけど、2年経っても国籍が降りないから、思い立って、海兵隊に入ったんだ。彼はここ(海兵隊)が気に入っているし、なにしろ福利厚生がいいからね。彼は家族の生計も助けているし、歯科医療も保険にも入れるから、一般の職業につくより格段に手当がいい、と言っている。僕の通っていた高校にはヒスパニック系の移民の子供がたくさんいて、あまり生活水準がよくなかったから、海兵隊の福利厚生には、みんな興味を持っていた。それに海兵隊に入れば、規律正しく強い男になれるからね。悪い奴らとつるんだりしていても、海兵隊に入れば新しくクリーンな人生をやり直せると、みんな信じているよ。」
フェルナンドの言っていた通り、海兵隊に入るヒスパニック系移民の兵士は、みな軍の福利厚生や市民権獲得という権利に惹かれていることがわかった。。
さらに声をかけ続けていたら、一人、まさにヘイスースと同じ境遇の「グリーンカード兵士」が見つかった。
サウル・アライザ上等兵は20歳。メキシコ国籍のまま海兵隊員になった。
「今回は初めてのイラク行きだから、よくトレーニングをしたい。両親はメキシコから不法入国した移民。だから、父は人の2倍働いて腰を悪くした。僕が海兵隊に入ることで、父に感謝の意を示したい。父も僕が海兵隊に入ったことを誇りに思っているし、僕は自分にとって新しい国であるアメリカを愛しているよ。たくさんのものを僕に与えてくれたからね。」
Qでも、自分の国でもないアメリカのために、イラクで戦うのは嫌じゃないの?
「海兵隊の仕事が好きだし、アメリカを愛している。メキシコ人でいることは誇りに思うけど、アメリカも愛しているんだ。もうすぐアメリカ国籍にも応募するよ。軍隊に入っていることで、早く市民権が降りればそれはうれしい。」
19歳、20歳のとき、自分は日本で何をしていただろうか?
東京の大学で、コンパやサークル活動、バイトに忙しくしていただけで、自分の国でもない国のために、命を捧げて戦うなんて、考えてみたこともなかった。
「イラクに行くのは怖くない。訓練しているから大丈夫。」モハビ砂漠で出会った多くの若年兵士は、多くがたんたんと語ってくれた。
死ぬのは怖くないの?本当はそう聞きたかった。アメリカは大国だから国籍も得る価値があるというのか?そのために軍隊に入ってもいいの?テロリズムをなくし、アメリカを守るため、と気高い目的のために、軍隊に入りイラクへ行くのは、果たして良いことなのか??
カリフォルニアの真ん中で、砂嵐にまみれながらM16ライフルや戦車の大砲をぶっぱなす「アメリカ国民」志願の移民兵たち。多くが同年代のアメリカの若者よりはるかに真面目で礼儀正しく、精神も肉体も鍛錬された精鋭たちである。
だからこそ、死なないでほしい。アメリカとアラブ社会のイデオロギーのぶつかり合いなんてもののために、アメリカ国籍と命を天秤に賭けていくのは、ばかげているとしか思えない。
髪の毛も体も砂まみれで、意外な低気温にふるえながらの取材だったが、本当に考えさせられた。
一方で、体力を非常に消耗した取材だった。ライフルを持った海兵隊員に4方から囲まれて、本当に撃たれるか、と思ったり。飴の包み紙を落として、拾おうとしたら風に飛ばされ戦車の近くに転がって行き、追いかけて拾おうとしたら軍曹に怒鳴られ。。「拾うなーー!戦車に頭を轢かれるぞ!!」
あれ以来、新聞に毎日のように載っている「きょうのアメリカ軍、イラクでの死者」記事の報道に出てくる名前から、目が離せない。モハビ砂漠で出会ったあの若者たちが、死なないといいなあと心から願いつつ、渾身の「グリーンカード兵」の取材はこれで終わり。。。
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