Sunday, February 13, 2011

思えば更新をずいぶん怠った。。そして私の生活もかなり変化した。。

こんにちは。ずいぶん更新を怠り、なんだか訳が分からなくなってしまった。
最後の記事を更新した後くらいから、現実の生活のスピードがブログのスピードを上回るようになってしまい、なんだかブログを書くことの意味がわからなくなってしまったのだ。

そして、かなり私の生活も変化した。
ワシントンDCにはもう住んでいないし、結婚した。そして、インターネットの世界では、ブログを上回るような速度でツイッターやフェースブックが跋扈しはじめた。

これから、またちょっとずつ下の最終更新日からのブランクを埋めて行こうか、と思い始めている。
ぼちぼちとやっていきたい。
テディ

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Tuesday, April 17, 2007

ヴァージニア工科大学銃撃事件-Day2-途方に暮れる学生達。

「ここでもうすぐABCニュースの中継が始まるんだよ。わかってるの君?今すぐどいたほうがいいよ。君はいったいどこの局の・・」

ヴァージニア工科大学・卒業生センターのソファで迎えた朝。朝4時。目を開けるとそこには、ベースボールキャップをかぶってラフな服装をした図体のでかい男性が、ソファで丸くなっている私を見下ろしていた。そんなにすごい剣幕ではなかったが、やんわりと「どこの馬の骨?」というメッセージを発していて、そうそうに退散した。ぐっすりと仮眠をエンジョイしていたのに非常に不愉快である。

くだんの大男は「Good Morning America」、つまりABCのモーニングニュースの中継担当カメラマンだか、テクニシャンだかだったらしい。アメリカのTV放送局ではABC,CBS,NBCの3大ネットワークの力が非常に強い。きのうの早朝、このヴァージニア工科大学で在校生による無差別銃撃事件が発生し、31人が犠牲になった上、犯人が自殺するという事件が起きた。昨日の午後のうちに、事件の内容を大学側が伝えるために、「卒業生記念ホール」にプレスセンターが設置され、どんなマスコミも自由に出入りできるようになった。

しかし、プレスセンターに隣接する卒業生の宿泊施設のロビーに、夜のうちに3大ネットワークがそれぞれの「陣地」を仕切っていたことは全く知らなかった。それぞれの局が、朝のニュースの生中継向けに「仮設スタジオセット」を設営していたのだ。ABCの「Good Morning America」といえば、アメリカ人の多くが信頼する朝の全国ニュース。そのせいか、卒業生センターのもっとも条件のいい場所に、大きなスペースを占めている。聞けば、私が仮眠を取っていたソファのすぐ近くで、NYから来たアンカーウーマンが生中継をする予定だったというから、「馬の骨」を追い出さなければならない理由もわかるものの。。

417cnnandfoxそうこうしているうちに日本の夜7時と夜9時のプライムタイムニュース向けに、我々も生中継をしなければならなくなった。朝6時。まだ夜も明けきらないうちに、卒業生センターの屋外、我々の「陣地」にカメラを立てる。眠いし寒い。写真は中継が終わった後のもの。気が付いたら、隣の芝生にはCNN、そのまた隣はFOXという2大ケーブルニュースTV局が、それぞれの朝のニュース番組向けに生中継を行っていた。彼らの仮設セットは大型パラソルとキャンバス・チェア-というものだが、どこの傘の下にも見たことのあるアンカー、アンカーウーマン達が座っていた。つまり、この事件はアメリカの局にとっても、アンカーがスタジオを抜け出すほどの大きな事件なのだ。一夜明け、今ようやく実感が湧き始めた。

どうやらこの工科大学には日本人留学生も数多く在籍しているらしい。午前中の仕事は彼らに連絡を取ること。入手した電話番号リストを元に3人に電話をかけ、そのうち2人と話すことができた。銃撃現場近くの大学校舎で会い、インタビューをすることにする。どうやらきょうの夕方に学校の校庭で追悼のキャンドル集会が開かれるらしいとの情報も入手。

418pressroomvtきのうから「犯人はアジア系の留学生」という情報が流れ、我々も居心地の悪い思いをしていたが、真相がとうとう発表された。
「犯人は韓国人学生のチョ・スンヒ君23歳。単独犯行で、まず早朝に自分の住んでいた寮で2人の学生を撃ち殺した後、校舎の一つに行き29人の学生と5人の先生をためらうことなく撃ち殺した後、自殺した。現場の校舎は血の海。」

知れば知るほど恐ろしい話。寮に住んでいる普通の学生が、何らかの形で銃を入手し、次々と学生を撃ち殺したとは。動機や、銃入手の経路、彼の人となりなどが報道の焦点となってくるだろうな、と思っていたところ、我々の取材チームではこの大学町の「韓国コミュニティー」に焦点を絞ることに決まった。ヴァージニア工科大学には、コリアンアメリカンや、韓国人留学生が多数通っているらしいこともわかり、調べたところ彼らが集まるキリスト教会があることがわかった。そこに電話をかける。と、韓国人牧師が出て
「憂慮すべき事態です。われわれは、犠牲者に祈りを捧げる追悼集会をあす、開きます。カメラを持ち込んでもOK」とのこと。

417amberjohnstonhallgenba2昼。犯人のスンヒ君の住んでいたアンバー・ジョンストン寮=第一犯行現場の周りをうろうろして彼を知る人を見つけ、コメントを取る、という指令が下る。校内に初めて入る。極めて巨大な「田舎型」のキャンパスで、巨大な校舎ビルが連なっており、犯行現場の校舎ビルがどれだかわからないほど。

韓国人風の学生を見つけて駆け寄るとCNNなどのアメリカの局に横取りされたり、出入り口から出てくる学生にさげすみのまなざしで「Go Away! Leave us alone(出てけ)」と言われたりと、さんざん。犯人の学生を知る人には会えなかった。外国メディア、米ローカルメディア、米ナショナルメディアが入り混じって、寮の窓から顔を出す学生にマイクを伸ばしたり、アジア風の学生を中庭で追いかけたり、だんだん「メディア狂想曲」の様相を帯びてきた。

寮の前には、誰が始めたのか、花束が捧げられていた。ここで最初の犠牲者の2人―黒人男子学生と、白人の女子学生が相次いで撃たれ、即死状態で死んだ。被害者は犯人のスンヒ君と顔見知りだったのだろうか?なぜ4月の風がごうごうと吹く肌寒い朝に、彼らが選ばれ、殺されたのか。まだ真相は闇の中。キャンパス内を歩くと取り乱して泣きながら歩いている学生も、多く見られる。みなおびえたような顔をして我々を見る。

417stadiumevent午後。学校の巨大な講堂の前に出来たオレンジ色の行列に、マイクを向けてみる。まぶしいオレンジ色はヴァージニア工科大学のスクールカラー学校の名前や大学の名門アメフトチーム“Hokies(ホーキース)”のロゴの入ったTシャツやフリースは、全てオレンジ色だ。数千人を超える学生たちが、非常事態にも負けず「母校を愛する気持ち」を表現するため、スクールカラーを身につけて集まった。きのうから大学は休校状態になっているが、事態を収拾し、犠牲者を弔うために急遽全校追悼集会が行われることになったのだ。オレンジ色のうずを見るのは圧巻だった。ワシントンDCからブッシュ大統領も駆けつけることになった。ヴァージニア州のティム・ケイン知事は、なんと出張で東京にいたところ、急遽予定を切り上げて帰国した。

講堂の入場を待つ列の中に、友人たちに取り囲まれて、泣き崩れている女子学生を見つけた。携帯電話で話しながら、話している途中で泣き崩れ始め、話し終わった後も泣いている。「何があったのか教えてくれる?」と声をかける。「仲のいい女友達が、今回の事件に巻き込まれて撃たれたの。病院で治療を受けていたのが、ついさっき亡くなったって知らせを受けて。」辛いエピソードだが、犠牲者の友人の生々しい話として使える。話を聞くことにする。私がマイクを突っ込んでいる後ろから、2本、3本と他局のマイクが続々と脇から差し込まれる。現場にも近寄れない、犠牲者の名前も検死が終わらないと発表されない、犯人の動機も人となりもまだわからない。そんな状態でこのニュースをパーソナライズするためには、ランダムに学生に話を聞いていくしかないのか。

何人か話していてまた偶然にも犠牲者の友人たちを見つけた。アンバー・ジョンストン寮で亡くなった犠牲者の一人、ライアン・クラーク君が所属していた大学のマーチング・バンドの仲間達だ。「ライアンはいいやつだった。困っている人を助けるような人だった。死んでしまうなんて信じられない。」皆が口々にそんなことを言っていた様子をカメラに収める。

417stadiumandcameraやがて講堂で追悼集会が始まるが、代表取材以外はメディアはシャットアウト。そこで、講堂に入れなかった学生が集まるアメフトの競技場「レーン・スタジアム」に向かい、カメラを立てることにする。どこから沸いてきたのか、ここにもオレンジ色の人、人、人。この小さなヴァージニアの田舎町にこれだけの知的人口が住んでいることに、驚く。この工科大学は、農学、工学、建築、獣医学等に強い、優秀な工科大学として知られており、大学ランキング等でも上位にランクされている。しかも、首都ワシントンDCからも近く、自然も豊かで治安のよい地区に位置しているため良家の子女や、留学生も多い。

だからこそなぜこんなことがあったのか、皆が頭を抱えている。スタジアムで私が座っていた席の近くには、多くの中国系、韓国系、日本系の学生がいた。あれだけの「大虐殺」を起こしたのが韓国人だったことから、これからはチョ君をリマインドする全てのアジア系の学生にちょっとした差別の目が向けられることは間違いない。追悼集会ではブッシュ大統領が、集会前に遺族の家族と面会した上で、全校生徒に心からのお悔やみを伝えた。続いてヴァージニア州知事やヴァージニア選出の議員などがスピーチした。大学の職員のスピーチが続く中で、最も印象に残った力強いスピーチがあった。それは犯人のチョ君も学んでいた英文学部の教授で詩人のニッキ・ジョヴァン二教授のもの。彼女は、突然の惨事にショックを受け沈む学生達にこう呼びかけた。

"We are strong and brave and innocent and unafraid. We will prevail, we will prevail, we will prevail ... We are Virginia Tech(私達ヴァージニア工科大学は強く、勇敢で純粋で恐れを知らないのです。我々は必ずこれを乗り越え打ち勝ちます。必ず!なぜなら私達はヴァージニア工科大学なのですから。)!"(ビデオヴァージョンはココ

417jikengenbabldg夕方になり、テディの疲れもピークに達する。しかし、まだ仕事は続く。とうとう犯行現場の建物の前まで入れることになった。黄色いポリス・テープが張りめぐらされているNorris Hall(ノリス・ホール)に着くと、ポリステープの手前にはすでに花束置き場が出来ていた。4月なのに肌寒い早春の空気の中、写真を撮ったりビデオに現場を収めるメディアに混じって、呆然と建物を見つめたり、涙を浮かべたりする学生達が多く見られた。

テープの中では、警察の現場検証と見られる作業がまだ続いていて、鑑識官が出たり入ったりしており、警察車両も停まっている。前出の寮が「第1現場」で、実は、ここは「第2現場」だが、犠牲者の大多数の人が亡くなっている。29人の学生と教授や講師が撃たれ、犯人はこの建物の中で自殺をした。突然の「ガンマン」出現に驚き、窓から飛び降りて逃げた学生もいた。犯人は、生徒が逃げられないように、凶行の前にビルの入り口にカギを掛けたことが後に明らかになった。

日本人の学生2人にインタビューをすると、事件が起きてから「Gunman loose (銃を持った男がうろついている)」というニュースを知らせるeメールが大学から届いたものの、これほどの規模とは思わなかった、と一様に語る。安全なキャンパスだったのに、と。確かに、果たして事件発生直後からの大学側の対応は完全だったのか?という議論が当初あった。第一現場での事件が早朝だったため、朝メールを見ず、危険を知らずにキャンパスに向かった学生もいて、問題視されたのだ。

417candlelightvigilwide夜7時半。夕闇がキャンパスを覆う。中央部に位置する「ドリルフィールド」と呼ばれる校庭に、1万人規模の学生が、キャンドルに火をともし自主的に集まった。私もろうそくと紙コップをもらい、取材の傍ら参加した。やがてスクールバンドが入場し「キャンドルライトヴィジル(追悼集会)」が始まった。数千の炎のゆらめきが青黒い巨大な校庭空間に波のように広がり、まるで海のようだった。

417candlevigilcloseupやがて日が落ち、ヴィジルはさらにおごそかで、荘厳になった。すすり泣きがあちこちからもれた。学生達は固く抱き合って、肩を組み合って、途方にくれていた。ショック状態、というのが正しかった。何かをしないと、やりきれないのだろう。ろうそくを持って祈っても31人の魂は帰ってくるわけではないのだが、突然銃を使った暴力によって奪われた若い命のことを思うと、全くやりきれない。その点では突然現場にやってきて8日間も帰れなかった、我々メディアにとっても、学生にとっても、思いは同じ。。。

###さらにディープになるVT(Virginia Tech)取材はDay3に続く。###

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Monday, April 16, 2007

ヴァージニア工科大学銃撃事件-Day1‐その風の強い日に事件は起きた。

417satellitetrucks4月16日(月)、ある事件が午前中に発生し、急遽取材チームを作り夕方には現場入りすることになった。前日の日曜日は4月だというのに、東海岸地区に雨風が強く吹き荒れていた。嵐は翌日の月曜日まで続き、完全に「under the weather(天気のせいで体調が悪い)」な体調で週始めを迎えた月曜日だったのに、なんとテディはこの日から8日間も家に帰れない事態に陥るのである。。(写真は事件現場に急遽出来あがった「中継車村」。)

417lightvtvillage事件はヴァージニア州の工科大学で、生徒が突然銃を乱射し、死亡者が多数出ている。」という第一報。ロケ車に乗って、ワシントンDCからおよそ4時間の現場に入る頃には、死者は33人に達し、「史上最悪の学校での銃撃事件」「大虐殺」などという枕詞がついたから大変。なんだかけだるい気持ちで家を出た月曜日の朝だったのに、午後には一転して突然現場入り。朝、けだるい気持ちに渇を入れるために、大型ペンダントを身につけて家を出たのだが、それは日本にいる母にもらったクリスタルのもの。どうやらこのペンダント、事件を呼ぶ力があったのか?もしくは奇妙な春の嵐が、事件を呼んだのか。

現場の大学に到着すると、中継車の「村」が出来ているし、一部学生のパパママもかけつけ、学生達はパニックで泣いている人もいるし、情報は錯綜しているし。それに、外はきのうからの春の嵐が吹き荒れていて寒いのなんの。。でも突然のことで、着替えなど持ってきていないまま、気がついたら「拉致」状態で現場に来ていた。

417vtcameravilaeg取り急ぎ、「メディアセンター」が仮設営された大学の「卒業生センターの駐車場で、事情を知ってそうな学生を捕まえて話を聞く。と、大学側のブリーフィングが始まる。どうやら33人死亡は本当らしい。犯人は生徒らしいが、現場で自殺を遂げたらしい。

その後、大学コミュニティーにある教会で、特別礼拝が開かれると知り、そこへ潜入して撮影。東京に衛星伝送するのだが、それがどこの会社の中継車から送れるのか、現場は大混乱で情報が錯綜。インタビューのコメントも書き起こさないといけないし、ばたばた。

そうこうしているうちに夜は更けて。
バージニア州のこの小さな田舎町に、世界中から1000人を超えるメディア関係者が集まって、夜を明かしている風景って壮観だなーと思いながら、仮眠する場所を探してうろうろした。もう夜中の3時なんですけど。暗くて銃撃現場がどこかもわからないし、今はメディアの関係者はこの仮設メディアセンターまでしか入れない。とりあえず、明日以降のハードスケジュールを見越して、卒業生センターのソファでうとうと。

ということで、テディの「ヴァージニア工科大学銃撃事件-Day1」はこれで終わり。精神的にも体力的にも辛い、事件取材が始まった。。(Day2に続く)


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Saturday, April 14, 2007

SAKURA MATSURI...

414targetyukatapplSAKURA MATSURI(>原題のまま)が開かれた。DCを彩る4月の風物詩、桜の開花の時期に開かれるCherry Blossom Festivalの一つで、議会近くのストリートを封鎖し、日本食の屋台が出たり日本文化の紹介ブースが設けられる。

414go写真の人々は、囲碁同好会のかたがた。アメリカで囲碁がじわじわとブームを迎えている。チェス感覚で頭脳を試されるところがウケているらしい。そういや日本発のパズル「SUDOKU」もいまだにアメリカでブームが衰えない。

414martialart写真は合気道だか、居合いだかのデモンストレーション。空手や剣道だけでなく、さらにその先の武術を習うアメリカ人たちも、じわじわと増えているらしい。

414kotatsuワシントンDCの路上にこたつが!?「こたつ同好会」なわけないが、「こんなすばらしい家具を、あなたの家にもおひとついかが?」てな感じで展示してた。

414geishasakuramatsuriしめはゲイシャ。ただし彼らは正真正銘本物の日本の芸者。東京・赤坂から、招待を受けてこの祭りのためにパフォーマンスをしにやって来たらしい。本物の芸者の踊りなんて。日本人である私も見たことがないよ。。折しも映画「メモワール・オブ・ゲイシャ(邦題SAYURI)」の公開で、アメリカ人の間に、ミステリアスな踊り子、ゲイシャへの興味がわき上がっている。満員の客を前に、小雨降る中ゲイシャの踊りを、首都DCで堪能。。


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Thursday, April 12, 2007

「日本通」度を競い合う全米高校生選手権—Japan Bowl

412japanbowlqschool制服を着た日本の中学生が、下駄箱の前で靴を脱ごうとしている写真と、教室で給食を食べている写真がスクリーンに映し出される。
「写真を見て、生徒が何をしているか日本語で答えなさい。」司会者が問題を出題すると、会場を埋め尽くした200人もの高校生がざわめく。

412japanbowl15thannivワシントンDC市内のホテル。「日本通」度を競い合う全米高校生選手権に取材に来ている。この選手権「ジャパン・ボウル」は、日米の文化交流事業を手がけているDCの日米協会が主催。参加する高校生は、すべて純然たるアメリカ人で、全米各地の州から地区予選を勝ち抜いて、決勝戦の行われるDCに駒を進めた。彼らの日本語能力や日本文化・伝統、現 代事情についての知識を、クイズ形式で問う。

412japanbowltetsujin_2「この人が司会する、日本の有名TV番組の名前はなんでしょう?」スクリーンに俳優の鹿賀丈史の写真が映し出されると、元気よく答えが出た。「Iron Chef!」フジTVの人気番組「料理の鉄人」は、アメリカで「アイアン・シェフ」という番組として人気を博している。

このコンペティション、 語学として日本語が出来るだけではだめで、ポップカルチャーを含む日本文化にも精通していなければならない。ただ「語学好き」なだけでもだめだし、アニメや日本文化などにやたらと精通した「日本おたく」なだけでも高得点は上げられない。そこが面白い。

参加チームは、日本語を学んでいる年数によって レベルわけされている。学習2年目はレベル2、3年目はレベル3、4年目はレベル4。もっとも高度な問題が出題されるレベル4で優勝すると、10日間の日本研修旅行が授与される。

アメリカでは、高校で第2外国語を学ばなければならないが、語学のチョイスのひとつとして日本語教育がはじまったのが15年前だという。その後、同じアジアの言語としては、近頃、中国語の人気が高まり、日本語の影は薄くなって来ている。とはいえ、このような大会を見ると、その日本語学習熱には本当に驚かされる。第1回ジャパン・ボウルは、DC周辺の高校生だけを対象に1993年に開催されたというが、数年後には全米各地から参加者が集まるようになり、2006年には全米15州から90チーム、約230人の高校生が参加。

412japanbowlsmallrm問題の中には日本のことわざの意味を答えるものや、漢字を解読するものもあり、高校生たちがよく勉強をしてきていることに、驚いた。ひとつのテーブルに、一高校から3人が座り、グループ戦で答えて行くのだが、3人全員が知らなくても、誰か一人が知っていれば、グループの答えとしていい。だから3人のチームを「語学として日本語が出来る人」「雑学に詳しい人」とバランスよく構成する必要がある。

こんな風に楽しく、かつ真面目に語学が学べるなら、私も高校生に戻りたいくらい。アメリカン・ティーンの熱い「日本熱」には本当に驚かされ、感動し、日本を誇りに思った夕べであった。

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Friday, April 06, 2007

Meeting Ms. Midori...五嶋みどりさんと遭遇。

46midoriLibrary of Congress(アメリカ議会図書館・日本の”国会図書館”にあたる)にて、Midoriこと、バイオリニストの五嶋みどりさんのスピーチ・プレゼンテーションを聞く。はじめて実物にお会いしたが、身体は小さくてもぴりりと光る知性の持ち主で、本当に素敵な方だなあと感激した。日米独語・3ヶ国語で記された公式ウェブサイトを持っていらっしゃる。NY・ジュリアード音楽院でのバイオリンの学位に加えて、NYUで心理学のマスターを取得し、最近はUniversity of Southern Californiaで音楽学部で、教鞭をとっている。一言でもいいからお話がしたくて、取り巻く人の列に並んでみた。地域コミュニティーで、音楽教育を広めるボランティア活動をやっている、ということでそのことについて具体的にどんなことをやっているのか、数分間だが「生Midori」様とお言葉を交わせて、大感激。
子供の頃から音楽をやっていたテディ、幼稚園の「将来の夢」欄に書いた職業は「ピアニスト」(笑)。同年代の女性なのに、若い頃から国際的ひのき舞台でプロのアーチストとして活躍していて、複数の外国語がぺらぺらのみどり様は、私にとってずうっと憧れの対象だった。だから、感激もひとしお。

46minetaスピーチのゲストには、日系人で、前運輸長官の、ノーマン・ミネタ氏も。人のいいおじさん、といった風体で、この人にはなかなか好感を持っていた。苗字は「ミネータ~」
と発音し、「ネ」の音に強調を置く。(>だから何だ、という感じなのだか。。)

46libraryofccongressLibrary of Congress(アメリカ議会図書館)は、アメリカ議事堂の向かい、最高裁判所の隣にそびえ立つ巨大な白い建物。中(写真はエントランス部分)に入るのは、実は初めてである。内部には、「東アジアルーム」とも言うべき、日本・中国・韓国語などで書かれた書物を集めた部屋もある。内部は装飾ともどもなかなか面白いので、一見の価値はあるかも。とにかく巨大な建物で、歩くだけで疲れるのだが。。


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Wednesday, April 04, 2007

「Japan Bowl」問題作成委員会にお邪魔。

44emperorakihitos「♪きぃーみーがーあ~よーお~わ~。ちーよーにーいい~やーちーよーに~さーざーれ~いーし~のぉ~。」ということで、日本の天皇陛下ご夫妻の写真をはつけん!ここはDC市内のとある事務所であるが、さーてどこか?

44japanbowlqsakkusei答えは、ワシントン市内にあり日米友好を目的とした団体、日米協会の事務所である。これは、日本に関する「トリビア」問題を作っているところ。アメリカの高校生を対象とした「全米勝ち抜き日本語・日本文化クイズ」選手権「Japan Bowl」が4月半ばに開かれる。そのための問題の作成風景を、特別に見せていただいた。ジャパン・ボウルについてはまた後日詳しく書く予定。。

44jand3tate午後は、くだんの桜咲く土手にて、婚約した知り合いカップルの、アツアツ記念撮影をお手伝い。結婚招待状に載せる写真を、撮影したいんだって。数日前に満開だった桜は、無残に散りはじめてしまっている。けさ、ありえない春の嵐で雷雨がどしゃどしゃ降ったのが原因。はかないところが、美しいんだけど、そこのところ、アメリカ人には、わっかんないだろうな~。。とにかく、まだ少し残っている桜を無理やり背景にしてなんとか、スチール撮影終了。美男美女だから、散り掛けの桜が背景でもOK。


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Monday, April 02, 2007

日米友好の贈り物・最古の桜の木を探して。

42cherryandmonument3あな美しや。ワシントンDCはタイダル・ベイスンの桜。ことしもやって来たんだなあ。桜祭りのシーズンが。

42blossomsandbluesky青い空、薄ピンク色の美しい桜。満開の木の下で、日本人なら一面にビニールシートを広げて大宴会、と行きたいところ。だが、そこはDC。アメリカの首都でそんな大宴会などしている人は誰もいない。屋台も出ないし、もともと公共の場所での飲酒は禁止なことがほとんどのこの国だからして、誰もビールの缶をプシュ、とやっている人なんていないのが、極めて残念。

42pplcherryeatsushiでも、持ってきたランチやソフトドリンクを広げている人は、いたいた。このアメリカ人たちは、ぬあんと、スシのテイクアウトを桜の下で食していた。アメリカは、今、健康ブームに乗って、スシブームともいえるが、桜の下でテイクアウトしてまで生魚とすし飯を食う白人がいるとは、もしやとも思わなかった。

42olderstcherrytreeplankさて、これなーんだ?日米友好の証として、1912年、東京市長だった尾崎行雄が、夫人と共に訪米し、3020本の桜の苗木を当時のヘレン・タフト大統領夫人に贈った。この写真は、現在残っている「最古の苗木」のうちの1本。かなり幹は老朽化が進んで朽ちかけているようにも見えるが、枝のほうは現在も立派に花を咲かせている。

42oldestcherrys>これが、最古の木がまだ現役であることの証拠写真である。「贈り物」として届けられた桜の種類はヨシノを中心にカンザン、イチヨウ、アリアケなど 十数種類にのぼった。実は日本側には、一度1909年に桜の寄贈をしようとして、失敗に終わった苦い経験がある。船で届けられた苗木2000本に無数の害虫が寄生していて、す べて焼却されてしまったのだ。この経験を教訓に、害虫のつく恐れの少ない強い苗 を現在の伊丹市にあたる村から取り寄せ、改めて送ったのが1912年。

42plaqueoldestcherryこれが「最古の桜」証拠のプラーク(記念の板)。この記念碑はひじょーに地味で、ごくたまに観光客が気がつき、写真を撮っていくが、言われなければ気がつかないほど目立たない。1935年からは、毎年開花の時期に合わせて「ワシントンDC・ナショナル・チェリーブロッサム・ フェスティバル」(=桜祭り)が開催されるようになった。1941年には、真珠湾攻撃を理由に4本の桜が切り倒される事件があった。しかし、以降、反日感情が高まった当時でさえも、大半の木は傷つけられることなく、桜の木を管理している「パークレンジャー」や、市民によって守られてきた。

1952年には、第二次世界大戦ですっかり痛んだ東京・荒川の桜を復活させるため、DC の元気な枝(接ぎ木用)が、日本に送り返されたというから驚く。さらに1965年、日本政府からさらなる3800本のヨシノ桜が贈られ、現在に至る。

ワシントンDCの桜の木の歴史物語に興味のある人は、ココをご覧あれ。(>英語だよーん)

まだ見たことのない方は、一見の価値のある、ワシントンの桜。DC訪問を企画している方は、ぜひ4月上旬、をご検討あれ。。

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Wednesday, March 28, 2007

Joshua Tree Parkで原始的な木にパワーをもらう。。

328joshuaandbrightblueskyモハビ砂漠で海兵隊とあいまみえた後は、近隣地区にあるJoshua Tree National Parkにやって来た。モハビ砂漠の延長が、岩山と原始的な木々であふれる国立公園になっているのだ。かたやアメリカの最先端の戦闘訓練基地、そのもう片端が極めてのどかな砂漠岩山の自然公園とは、不思議である。

328joshuaandrocksJoshua Treeというのは、U2の有名なアルバムの名前らしいが、これがその木であるらしい。この国立公園、位置的にはカリフォルニア州LAからアリゾナ州フェニックスに向かう途中にあり、公園の入り口にはこのような岩山が360°広がっていて、壮観である。ドライブの気持ちよかったこと。

328joshuaupジョシュア・ツリーの和訳はヤッカ。といわれても、まだぴんとこないが、ユリ科の原木であるといえばいいか。青い青い空に向って、くっくっとまっすぐにまっすぐに力強く生えているこの木を見て、一目で好きになった。まっすぐに生きて、不器用な自分に似ているような気がして。

328mountainandjoshuaflower花も咲いている。これは、岩山と原木に咲いた素朴な花の不思議なコンポジションが、お気に入りの一枚の写真。実はここ、岩山といえども、砂漠に住むねずみや、こうさぎ、蛇などが生息していて、生き物ウォッチングにもぴったりの地区なのだ。そこここにキャンピングをしている家族連れがいた。キャンプにはもってこいの場所。

328cactusflower生き物のほかにも、サボテンに花が咲いていたり、ワイルドフラワーが咲いていたり、砂漠にも花が咲くことに驚く。水の気配は全く無いのに、砂の下には水流があるのだろうか、どこかで水を調達して生きているか、ものすごく少ない水の量で凌いで生きているのだ。

328viewrockymountain高台には、こういう眺めのところも広がっている。岩山ばかりの砂漠地帯。絶景かな。どこまでもどこまでも続く荒野である。

328joshuaandopenskyジョシュア・ツリーは成長すると幹が分かれ,高さ10m以上の大木となるそうだ。大昔、ジョシュア・ツリーはアメリカン・インディアンたちに見出され、葉っぱを編んでバスケットにしたり、サンダルにしたりと用立てられたという。また花の芽は生か、ローストされて食卓に上ったそうだ。

328joshuaadme19世紀の半ばまでにモルモン教徒が、信仰の自由を求めコロラド川を渡ってこの地にたどり着いたとき、彼らはこの木を「預言者ジョシュア」と呼び、モルモン教徒を導くものとしてあがめた。現代のジョシュア・ツリーは砂漠に住む哺乳類や、鳥、昆虫、爬虫類に生息地を提供する重要な役割を果たしている。テディもこの力強い木にあやかって、青い空に枝をくくっと伸ばしながらも、幹は力強く、岩の大地にも根付いて多くの生き物の住みかとなるような、素晴らしい女性になりたい。

>あ、無意識のうちにこの木を女性っぽいと思い込んでいた。
この木、意外と女性っぽいと思うのは私だけだろうか?

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モハビ砂漠でどかーん。海兵隊「イラク実戦」想定コンバット訓練で現役移民兵を取材。。

朝5時。カリフォルニアの岩山・砂漠の中に作られた、アメリカ海兵隊の訓練基地US Marine Corps Air Ground Combat Center (USMC AGCC) にやってきた。まだ陽も昇らぬ中、M16ライフルを持つ警備の兵士が立つ正門にたどり着く。と、3月のカリフォルニアに吹く季節外れの寒風をものともせず、海兵隊の迷彩服一枚に身を包んだ一等軍曹のクリス・コックスさんが、びしっと立っていた。コートも着ていないが、寒そうな表情は全くない。きょう我々の取材をアテンドしてくれる兵士だ。

「コール・ミー・ガニー。(ガニーと呼んでくれ)」一等軍曹を意味する“ガナリー・サージェント(Gunnery Sergeant)”が、広報担当兵のコックスさんの正式な肩書きだが、略して「ガニー」とは。何でも略するアメリカらしい。

328mojavefromcarwindow1基地がある街の正式な名前は、カリフォルニア州トゥエンティーナインパーム=Twentynine palmという。名前から察するに、29本のパームツリーしか目印がなかった荒野と砂漠の街。それが、いつしか開発され、街にはリゾートホテルやスパが散在している。有名リゾート地パームスプリングスからもほど近いことから、観光客の姿もある。ダウンタウンにはヒッピーの開いたビートニク・カフェもある。しかし、もちろん我々がこの街にやって来たのはリゾート目的ではなく。。

海兵隊、である。USマリーンといえば、アーミー、エアフォース、ネイビーといった軍の他の組織に比べて、より「戦闘寄り」のミッションを負う。だから、心身ともに鍛え抜かれた「選ばれし兵士」が集まる。テディは、その兵士たちの訓練を撮りに、人生で初めての砂漠に入る。名前は、モハビ砂漠という。くだんの“ガニー”ことコックス一等軍曹は、
「当モハビ砂漠ではいくつか注意事項がある。このオレンジのカードを見てくれ。」と、軍隊バラックの一つにわれわれを招き入れると、いきなりブリーフィングを始めた。

328desertsurvivalこの写真のオレンジのカード、題して「砂漠で迷ったときの10のサバイバル・ルール」

1.Hold on to a survival attitude.=サバイバルな態度を保て。
2.Stay where you are-stay calm.=慌てず同じところにとどまれ。
3.Move only when absolutely necessary only at night.=本当に必要なときだけ夜に動け。
4.conserve your sweat-not your water.=水ではなくて体液を保て。
5.protect your body=身を守れ。
6.make a fuss when you hear or see others nearby.=人を見つけたら大声で合図しろ。
7.do not eat anything.=砂漠の植物は何も食べるな。
8.keep your mouth closed.=口を閉じ余計な水分を出すな。
9.think like a searcher.=探検者のように考えろ。
10.use your head. Not your sweat. Drink the water you have.=汗ではなく頭を使え。水を飲め。

「砂漠では、こんな態度が求められるんだ。わかったな?」ブリーフィングを受けながら
「何かすごいことに巻き込まれそうになっている。。」そう感じたのは、あながち外れではなかった。

328tankandmountainちゅどーん。ひゅるるるるるるるるるる  どぱーんっ。どーーーーん。海兵隊の戦車に向け、”テロリスト”の放つロケット弾が炸裂し、耳をつんざくような爆音と白い煙が上がり思わず身構える。でもわれわれは、イラクにいるわけではないし、このものすごい音も空砲である。

328desertmarinewalkingきょうここに来たのはほかでもなく、海兵隊のイラク派遣を備えた最終訓練を取材するため。多くの兵士にとっては、2回目、3回目のイラク行き。なのに、こんなに真に迫った訓練を受けているのはなぜ?
「毎回兵士は異なるミッションを負っているから、今回の任務に応じて再びロールプレイをする。常に訓練をし直すのさ。」とはコックス軍曹。

写真は、「イラク人通訳」と共に「イラクの市街地」をパトロールする海兵隊。驚いたことに、ここには契約の「俳優」がいて、海兵隊員相手に「イラク人」や「テロリスト」の役を演じるのだ。「俳優」の多くが、暑い中、砂漠で悪役を演じるというけったいな労働環境をいとわないヒスパニック系の移民である。しかし、中には数人だが本物のイラク人も混じっている、というから驚く。そうして訓練に真実味を出すらしい。

328plateinarabic基地内は膨大な敷地面積のうち、4分の1くらいが砂漠。地の利を利用し、イラクの架空の町を作り上げて、映画さながらにコンバット訓練をしている。「町」の中では標識もアラビア語で書いてある。しかも、実際にあった襲撃に基づいて、何通りかの「テロリストの攻撃シナリオ」が用意してあるというから、さらに驚く。
「ランダムにシナリオを実行して、対応力を高める。」とのこと。

328marineactionぱぱぱぱ、ぱぱぱぱんっつ。

突然乾いた音がして、銃撃戦が始まった。向かいの建物の窓から、中東風の服を着た(もちろん衣装)テロリスト役の役者が、自動ライフル銃で先制攻撃を仕掛けて来た。迎え撃つマリーンは、4人組の見事なフォーメーションで、テロリストの居る建物に侵入する!二人が入り口の警備、1人が先発隊、もう1人が後ろを見張る。

と、入り口を守っていたマリーンが、隣の建物の陰から狙い撃ちして来たテロリストを、撃ち殺した。倒れるテロリスト。よく見ると中東系の女性。もちろん本当に撃たれている訳ではない。オレンジのベストを着た「ジャッジ」役の海兵隊員が近づき、倒れている「テロリスト」の女性の肩をぽんぽんと叩く。「はい、あなたはもう死にましたよ」という合図だ。

328marinedebriefingこれが実弾を使っていたら、まさに「殺すか殺されるか」のコンバットだっただろう。でもこれは訓練だから仲間は死なない。だから「デブリーフィング」(写真)をして訓練を振り返り、上官の指導のもと「お前はあのときこうすればよかったんだ。」と反省、復習して、フォーメーションや戦闘の動きを身につける。

328marinegroupshotさあ、兵士にインタビューだ。実は、この取材はたんに砂漠でのコンバット訓練を撮りに来た訳ではなかった。

反戦活動家フェルナンドさんの息子で、戦死したヘイスースと同じように、グリーンカード・ステイタスで海兵隊に参加している兵士はいないか。そうした「現役のグリーンカード兵」に、現在の気持ちを直撃する、それが狙いだったのだ。でもマリーンの広報、ガニーことコックス一等軍曹に、そんなことを直接言えるわけもないので、こっそりとグリーンカード兵を探すことに

まずは、デブリーフィングで目立っていた、中尉のマウロ・ムジカ・パローリさん、25歳。日に焼けた精悍な顔立ちは、俳優のポール・ウォーカーにも似ている。

「メリーランド州生まれで、両親はチリからの移民だ。イラクへは2回目の駐留で、まもなく出発するから入念に訓練をしているのさ。」

Q あなたのご両親はアメリカ国籍を取得してあなたもアメリカ人だそうですが、たくさんの外国籍の兵士が海兵隊に参加してますね?

「ああ。外国籍の兵士には、こちらがモチベーションを高められる。かれらの多くはすばらしい兵士さ。彼らはアメリカ人になりたくて、新しい国のために命も身を捧げることで、市民権を得ようとしているんだよ。国の一部になるためなら、何かを犠牲にすることが必要だと、身をもって証明している奴らさ。」

はあい?すごいこと言うなあ。イラクに行って、外国籍の兵士が命を落とすことを美化しているような、発言だ。

328mosqueandmarines敷地内にはイスラム教のモスクに似せた建物も造られていて、イラクさながらに、お祈りの時間になるとサイレンが流れる。現地と似た環境に体を慣らしてほしいという配慮からだ。ところで、今回訓練を受けている兵士の多くは、高校生のときにリクルートされた精鋭で、18、19歳がほとんど。

8人以上インタビューした兵士の内のひとり、上等兵のダニエル・ゴンザレスくんも19歳。ロサンゼルス出身だが、祖父母の世代がメキシコから来た移民だ。

Qたくさんのヒスパニック系の兵士が海兵隊にいるけど?

「僕の友人が、アメリカ国籍が欲しくて申請していた。だけど、2年経っても国籍が降りないから、思い立って、海兵隊に入ったんだ。彼はここ(海兵隊)が気に入っているし、なにしろ福利厚生がいいからね。彼は家族の生計も助けているし、歯科医療も保険にも入れるから、一般の職業につくより格段に手当がいい、と言っている。僕の通っていた高校にはヒスパニック系の移民の子供がたくさんいて、あまり生活水準がよくなかったから、海兵隊の福利厚生には、みんな興味を持っていた。それに海兵隊に入れば、規律正しく強い男になれるからね。悪い奴らとつるんだりしていても、海兵隊に入れば新しくクリーンな人生をやり直せると、みんな信じているよ。」

328marine3shotフェルナンドの言っていた通り、海兵隊に入るヒスパニック系移民の兵士は、みな軍の福利厚生や市民権獲得という権利に惹かれていることがわかった。。

さらに声をかけ続けていたら、一人、まさにヘイスースと同じ境遇の「グリーンカード兵士」が見つかった。

サウル・アライザ上等兵は20歳。メキシコ国籍のまま海兵隊員になった。


「今回は初めてのイラク行きだから、よくトレーニングをしたい。両親はメキシコから不法入国した移民。だから、父は人の2倍働いて腰を悪くした。僕が海兵隊に入ることで、父に感謝の意を示したい。父も僕が海兵隊に入ったことを誇りに思っているし、僕は自分にとって新しい国であるアメリカを愛しているよ。たくさんのものを僕に与えてくれたからね。」

Qでも、自分の国でもないアメリカのために、イラクで戦うのは嫌じゃないの?

「海兵隊の仕事が好きだし、アメリカを愛している。メキシコ人でいることは誇りに思うけど、アメリカも愛しているんだ。もうすぐアメリカ国籍にも応募するよ。軍隊に入っていることで、早く市民権が降りればそれはうれしい。

19歳、20歳のとき、自分は日本で何をしていただろうか?
東京の大学で、コンパやサークル活動、バイトに忙しくしていただけで、自分の国でもない国のために、命を捧げて戦うなんて、考えてみたこともなかった。

「イラクに行くのは怖くない。訓練しているから大丈夫。」モハビ砂漠で出会った多くの若年兵士は、多くがたんたんと語ってくれた。

死ぬのは怖くないの?本当はそう聞きたかった。
アメリカは大国だから国籍も得る価値があるというのか?そのために軍隊に入ってもいいの?テロリズムをなくし、アメリカを守るため、と気高い目的のために、軍隊に入りイラクへ行くのは、果たして良いことなのか??

328teddyinmojaveカリフォルニアの真ん中で、砂嵐にまみれながらM16ライフルや戦車の大砲をぶっぱなす「アメリカ国民」志願の移民兵たち。多くが同年代のアメリカの若者よりはるかに真面目で礼儀正しく、精神も肉体も鍛錬された精鋭たちである。

だからこそ、死なないでほしい。アメリカとアラブ社会のイデオロギーのぶつかり合いなんてもののために、アメリカ国籍と命を天秤に賭けていくのは、ばかげているとしか思えない。

髪の毛も体も砂まみれで、意外な低気温にふるえながらの取材だったが、本当に考えさせられた。

一方で、体力を非常に消耗した取材だった。ライフルを持った海兵隊員に4方から囲まれて、本当に撃たれるか、と思ったり。飴の包み紙を落として、拾おうとしたら風に飛ばされ戦車の近くに転がって行き、追いかけて拾おうとしたら軍曹に怒鳴られ。。「拾うなーー!戦車に頭を轢かれるぞ!!」

あれ以来、新聞に毎日のように載っている「きょうのアメリカ軍、イラクでの死者」記事の報道に出てくる名前から、目が離せない。モハビ砂漠で出会ったあの若者たちが、死なないといいなあと心から願いつつ、渾身の「グリーンカード兵」の取材はこれで終わり。。。

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«フェルナンド、寝ずのハンガー・ストライキで息子の命日を過ごす。。